我は唯、仏にいつか葵草(会う日と比喩)、心の端(つま)に掛けぬ(かけぬ)日はない。
●此歌新後拾遺集十八釋敎ニハカケヌ間ソナキトアリ
●唯トハ海篇曰獨也又專辭
●アフヒトハ逢ココロニ用古今集物名カクハカリアフヒノマレニナル人ヲイカカツラシトオモハサルヘキ人メユヘ
ノチニアフヒノハルケクハワカツラキニヤオモヒナサレン
●心ノツマトハ心ノ端也葵ハ御簾ナトノ端ニカクル物ナレハナリ拾遺夏大中臣能宣キノフマテ餘所ニ思ヒシアヤメ草今日我宿ノツマトミルカナ金葉夏春宮大夫公實玉江ニヤケフノアヤメヲ引ツランミカケル宿ノツマトミユルハ此歌宿ノツマトハ軒端ナリ物ノハシヲツマト云ヲ妻女ニヨツヘテ云ル也今大師ノ歌モ此義ニ依レリ
●此歌一説ニ賀茂ノ河原屋ニテ賀茂ノ祭ヲ見テ詠給ヘル歌ナリ(知恩寺傳説)集ニハ釋敎ノ部ニ入傳ニハ四季歌トスルハ撰者ノ作爲歟サアラハ傳説モサアラン歟是賀茂祭ノ葵ニヨソヘテ佛ニイツカ逢ント見佛ヲ願ヒカケヌ日ソナキト念念不捨ノ意樂ヲ兼テ詠給フ也大師祭ヲ見タマフニツケテモ常修ノ志願ヲ述給ナルヘシ
円光大師行状画図翼賛 円智・義山を引用
現代であればたいへん読むに苦労することばであります。
当時の世の生き苦しさの中に伝え方(当時はひらがな表記はありません)に奥深きおもいがあることがおもいうかぶこととおもいます。
現代のわかりやすさ、簡単さで、どれほど相手のおもいに寄り添うことができますでしょうか。
より相手をおもう大切なことであると伺えます。
「わたしはただ(わたしたちはただ)」おもうことのいけないことはないはずではあります。
ですが、豊かになりさまざまな行先(いきさつ)が、巡り離れてしまうこともあたりまえに行えてしまう、たいへん生きにくい時代でもあります。
いき過ぎ、やり過ぎな人として限度のある生活がどれほど「人ではない、人間としての範疇(はんちゅう)を」越えて、、、
おそろしい限りであります。
文字・言葉はたいせつです。
ここに会えることに、いかに感謝しないといけないか、僕もこころに釘をたくさん打ち込まないといけないかとおもいます。
おもえば会えると念うことの有難さに、涙の出るおもいになります。
合掌十念
令和8年7月20日(月)